おれの冬休み

2006年12月、俺の高校2年生の冬休みは始まった。
来年は大学受験が控えているので、今回が学生生活最後の冬”休み”なのだ。
だから俺はこの冬休みを全力で楽しもうと、生前から心に誓っていた。
全力で楽しむためには色々と準備するものがあるに違いないと思い、
冬休みになるまでの1週間を一日中100円ショップで過ごした。
今になってそれが明らかに時間の浪費だったことに気づき、自殺したくなった。
仕方ないからそれ以降の日々だけでも、ここに記したいと思う。

12月24日、クリスマスイヴ。
俺には同じ学校に通っている彼女(名前はサタン)がいるので、今夜はもちろん一緒に過ごす気だった。
夕方になって家を出ようとしたとき、ちょうど年末で上京していたばあちゃんが
「お前はいつからキリスト教になったんだい!エケケェーッ!」と叫んだ。
そう言い放つと同時に俺の体をワイヤーで縛り、口をガムテープで塞いで物置に投げ飛ばした。
結局翌日の夕方になるまで俺は誰にも発見されなかった、半死状態だった。
それ以来ばあちゃんは毎日不思議な呪文を唱えるようになった。

12月29日、この日は家族総動員での大掃除…のはずだったが
朝起きてみると、何故か父親の姿だけが見当たらなかった。
なんと奴はこの日が大掃除だということを2ヶ月前から事前に調べていて、
昨夜自慢のセダンで空港へ向かい、海外へ亡命したらしい。
本題の大掃除に移ろう。母親は窓ガラスを拭こうとして手を伸ばしたのだが、
昨夜逃走した父親がトラップとして家中の窓ガラスをはずしておいたために
母親はマンションの6階から落下してしまった。
しかし彼女は脅威の脚力で地面に着地し、その反動を利用して再び6階へ戻ってきた。

12月31日、大晦日。夜は紅白歌合戦を見ながら居間で家族団欒だった。
本当は格闘技の番組とかも観たかったのだが、せっかくの和やかな雰囲気を
崩すのも悪いと思い、紅白を観る続けることにした。
と俺が決心するや否や、チャンネルがいきなりものすごい勢いで変わり始めた。
一体誰の仕業だと家族全員がにらみ合ったが、誰も不自然な動きはとっていない。
後にわかったことだが、これは海外に亡命中の父親が人工衛星を経由して超遠隔操作で
我が家のテレビをコントロールしていたらしい、しかし未だにその意図は不明だ。

1月1日、元日。朝起きて一番最初に会ったのはばあちゃんだった。
「あけましておめでとう」と声をかけたら、「今年こそは喪中myself」
などと新年早々意味不明な言葉を口走り始めたので無視した。
ところで、我が家では毎年母親が精魂かけておせちを作るという伝統がある。
しかし今年の重箱の中身は何故か全部かまぼこで埋め尽くされていた。
俺と弟は猛抗議をしたが、母親は「Ah…Kama-Bokoは偉大なる神の使徒、Oh Yes!」
と叫ぶだけだった。うちの家族は一体どうなってしまったんだろう。
そして食後には待ちに待ったお年玉だ。
俺と弟はばあちゃんからもらったのだが、中身が全部ドル札で途方に暮れた。
年賀状は誰一人として知人からは届かず、届いたのは全て住所不定の外国人からだった。

1月3日、数学の宿題が出ていたのでこの日で終わらせる気でいた。
微分と積分の問題ばっかりで計算が途中でだるくなり、マンガを読み始めてしまった。
するといきなり10歳の弟が部屋に入ってきて、無言で問題集を解き始めた。
後々ノートを見てみると宿題の範囲だけでなく、問題集の残りの問題も全て解き終わっていた。
最後のページには弟の字で「未来は既に始まっている」と書かれていた。

1月4日からは3泊4日で高校のクラスの友達と新潟へスキーに行った。
一緒に行ったのは俺と同じテニス部の瀬田、陸上部で走り幅跳びをやっている小川、
そして今年度で廃部になる爪切り部主将の森永の3人だ。
夜行バスで新潟へ向かうのだが、小川が約束の待ち合わせ時間に姿を見せない。
彼は出発5分前にギリギリで現れたが、
なぜか陸上の大会に出場するような赤色のユニフォームを着ているだけで
荷物らしきものは一切持っていなかった。
そこで俺が荷物は一体どうしたのだと尋ねると、彼は真っ青になって走り去ってしまった。

夜行バスは事故を起こすこともなく、無事に新潟へ到着した。
出発からいきなりメンバーの一人が脱落してしまったことだけでもショックだったのに、
バスを降りて旅館へ向かう途中、雪で覆われていた渓谷の存在に気づかず
瀬田が足を踏み外して荷物とともに落下した。
下は極寒の渓流、残された俺と森永は茫然と立ち尽くした。
残る生存者2名。

さて今回の旅行の最大の目的はもちろんスキーである。
2日目は旅館に一番近いスキー場に朝早くから出かけ、
残った2人だけでも存分に楽しもうと昨夜二人で誓っていた。
しかし森永は爪切り部歴5年、運動神経は皆無と言っても過言ではない。
ここで彼の去年のスポーツテストを例にあげてみる。
握力27.6g、50m走6分45秒、立ち幅跳びマイナス17cm、1500m走2ヵ月半、
そして反復横とびでは片側に跳んだだけで左足首を骨折した。
俺たちはとりあえず初心者コースへリフトで上がった。青空と白銀の対比が目に染みる。
いざ斜面を前にして俺が「まさかスキーするの初めてなんてことないよな?」と確認したところ、
彼は「そんな…俺が初心者なわけないと疑ってみたよ。」と謎の言葉を残し、いきなり滑降を開始した。
俺は上から見守っていたが、彼はストックを足に結んで板を手に持っていたので
案の定ものすごい勢いで雪上を転がっていった。
彼は自分のやっていることが「スキー」だというのも知らないほどの初心者だった。

1月7日、友人1人の行方を失ったものの、なんとか俺たちは無事に旅行を終えた。
だがバスを降りた帰り道で「じゃあな」と言って別れ、各自帰路についたのが最後だった。
新学期のクラスに森永の姿はなかった。

今では海外で俺の父親と亡命生活を続けているらしい。




 
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