イタリアンレストラン

会社員である宮崎良輔は昼食を課長に誘われ、駅前にあるイタリアンレストランを訪れた。
宮崎はまだ入社して3年ほどの平社員であり、
変わり者だがいつも穏やかな口調で話す課長との食事を快く承諾した。
ちなみに課長の家は東京湾の水面下50mに水泡に包まれた状態で位置している。

宮崎「課長とお昼をご一緒できるなんて久しぶりですね。」
課長「奇遇だな、私も君と来るのは久々なんだ。」
宮崎「もう今後の会話が不安でたまりませんよ。」

店員「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」
課長「何名に見える?」
店員「かしこまりました。」
宮崎「不安的中すぎる。」

店員「2名様のご来店でーす。」
宮崎「あ、喫煙席でお願いできますか。」
店員「かしこまりました。こちらへどうぞ。」
課長「ねぇ、だからさ、何名に見える?」
宮崎「さっさとそっち行け。」

店員「ご注文は以上でよろしいですか?」
宮崎「一応言っておくがお前も相当ふざけてるからな。」
課長「よろしいです。」
宮崎「お願いですからちょっと黙っててください。」
課長「メニューの大盛りを2つ。」
店員「かしこまりました。」
宮崎「何ですかその謎のやり取り。」

店員はメニューを30冊ほどテーブルへ持ってきた。

課長「今日は朝から気分が良いんでね、君のおごりだ。」
宮崎「私は今気分最悪になりましたよ。」
課長「おっ、このパスタ美味しそうだな。『採りたてトマトのベーコンキャベツ』か。」
宮崎「いかにもパスタっぽいですけど名前的にそれ多分キャベツです。」
課長「ん、ここの店、ナポタリンはないのか?」
宮崎「確実に何かが薬品化してます。」
課長「待て、ちょうど今ランチタイムだからそれでもいいかもしれんぞ。」
宮崎「そうですね。サラダとパスタは日替わりのようですよ。」
課長「店員に聞いてみよう。」

店員「ご注文はお決まりでしょう。」
宮崎「なに肯定してんだお前。」
課長「今日のランチメニューを教えてくれるかい。」
店員「ルッコラのサラダ、メインはムール貝とキノコのスパゲッティでございます。」
宮崎「美味しそうですね。課長、どうなさいますか?」
課長「これにしよう。あ、ムール貝は食後に頼むよ。」
宮崎「課長、『ムール貝とキノコのスパゲッティ』で一つの料理です。」
課長「そういう君はどうするんだね。」
宮崎「私はこのランチセットにしますけど。」
課長「じゃぁ私もこれにするとしよう。」

店員「パンとライスをお選びいただけますが、いかが致しましょうか。」
宮崎「私はライスを。」
店員「サイズの方は?」
課長「パンで。」
宮崎「あまりにも堂々と会話を遮るのやめてください。」
店員「サイズは『中』で、よろしいですか?」
宮崎「はい。」
課長「私はパンを頼もうかな。」
店員「サイズは大・太・犬がございますが。」
課長「犬で。」
店員「かしこまりました。」
宮崎「もはやついていけない。」

店員「お飲み物はいかがなさいますか。」
宮崎「あ、じゃぁ私はコーヒー。」
課長「を注文する気はない。」
宮崎「何だかまるで私が注文を拒絶したみたいなのでやめてください。」
課長「ちなみに私にはコーヒーを頼むよ。」
宮崎「死ねばいいのに。」

店員「ご注文を繰り返させていただきます。」
課長「是非私にやらせてくれ。」
宮崎「消えろ。」

店員は注文内容を何故かラテン語で繰り返した後テーブルを去った。

課長「さて宮崎くん。例の企画書の件についてだが。」
宮崎「企画書?」
課長「立体交差点型サンドイッチ製造プロジェクトのやつだ。」
宮崎「初耳もいいとこです。」
課長「何を言ってる。君が担当のはずだ。」
宮崎「いやいやいや、ちょっと待ってくださいよ課長。」
課長「仕方ない、じゃぁ来週までな。」
宮崎「何か激しく勘違いされてる気がします。」
課長「おい、この企画は君から申し出てきたものだろう。忘れたとは言わせんぞ。」
宮崎「私から…? 申し訳ありませんが、それはいつ頃のお話でしょうか。」
課長「来週だ。」
宮崎「今の一言でこれまでの会話が大崩壊したのわかりますか課長。」
課長「少し。」
宮崎は課長の両足すねを全力で蹴り飛ばした。

課長「今、両足をすさまじい激痛が襲ったんだ。」
宮崎「気のせいです。」
課長「木のせいなのか。」
宮崎「そうです。」
課長「その木なんの木?」
宮崎「気になる木。」
会話は終了した。

もはや通常の会話もままならない課長であったが、何とか宮崎は冷静さを取り戻した。
だがしばらくすると、課長はおしぼりを耳の穴に全力で突っ込むという奇行を開始した。
宮崎が再び手に負えなくなって困っていたところへ、店員がやってきた。
店員「お待たせ致しました。こちらがルッコラのサラダとパン、ライスになります。」
課長「残念だがそこは『なります』ではなく『ございます』だ。」
宮崎「課長、何もここで正しい敬語法講座しなくても。」
店員「申し訳ありませんでした。こちらがルッコラのサラダとパン、ライスでございます。」
課長「うむ。」
店員はなるほどという顔つきでテーブルをあとにした。
宮崎「いや…やっぱりこういうのは大事なんですかね、本人のためにも。」
課長「社会人としてな。基本が大事なのはどこでも同じだ。」
宮崎「なるほど。勉強になります。」
課長「残念だがそこは『なります』ではなく『ごz」
宮崎は課長のサラダにチェダーチーズを1缶すべてぶちまけた。

課長「このパンは美味しいな。焼き立てか。」
宮崎「そうみたいですね。やはり焼き立ては格別だなぁ。」
課長「うーむ…おかわりは無料なんだろうか。」
宮崎「パンはあそこのバスケットにたくさん入ってますけどね。店員に聞いてみましょうか。」
課長「よし。」
課長は店員を呼び寄せた。
課長「君、あのパンは有料かい?」
店員「はい、優良です。」
課長「そうなのか、どれぐらいかね?」
店員「都内のコンテストで最優秀賞をいただいた実績があります。」
課長「そんなに高いのか。」
店員「は?」
課長「有料で、しかもかなり高いんだろう?」
店員「あ、質の高さでは各メディアにも取り上げていただいております。」
課長「それなら高価でも納得だ。で、おかわりはいくらなのかね?」
店員「無料です。」
課長「は?」
宮崎「どうしようもないなこいつら。」

結局課長はパンをおかわりし、これでもかというほど美味しそうに食べていた。
店員「お待たせ致しました。ムール貝とキノコのスパゲッティでございます。」
宮崎「おー、美味しそう。」
課長「この細長いヒモみたいなやつがムール貝?」
店員「はい。」
宮崎「『はい』じゃねーよどう見ても麺だぞそれ。」
店員「大変申し訳ありません、厨房にて確認してきますので。」
宮崎「いいよそんなことしなくて、麺だからそれは。」
課長「ムムムルムール、ガイガガイ。」
宮崎「正気を取り戻してください課長。」
課長「ムルルム!ガッ!ガガイガイ!!」
店員「ム…ムル。」
店員はおとなしくテーブルを後にした。

宮崎「なに、なんなのこれ?」

状況を把握できずに困惑していた宮崎だったが、勇気を振り絞って課長に話しかけることにした。
宮崎「ムルル?」
課長「気は確かか?」
宮崎「殺意すら覚えます。」

再び店員が宮崎たちのテーブルへやってきた。
店員「お食事後のコーヒーはお持ちしません。」
宮崎「どんだけサービスする気ないんだお前。」
店員「ですが、他のお飲み物でしたらお出しすることができます。」
課長「コーヒー豆を切らしているということかね?」
店員「左様でございます。大変申し訳ございません。」
宮崎「なるほど。課長、どうなさいますか?」
課長「仕方ないな、きっぱり諦めて代わりのものを頼むとしよう。」
宮崎「そうですね、では私はアイスティーをレモンで。」
課長「私はカフェラテを。」
宮崎「諦めきれてない感が溢れてます。」
店員「かしこまりました。」
宮崎「コーヒーあんじゃねぇか。」

食後の一杯を飲み終えて満足した二人は、
昼休みも残り15分だったのでレストランをあとにすることにした。
宮崎「課長、清算してきますね。」
課長「私がしてくるよ。」
宮崎「いえ、しかし先ほど課長が…。」
課長「君におごってもらうなんていうのは冗談だよ、冗談。」
宮崎「なんだ〜、脅かさないでくださいよ。じゃぁお言葉に甘えさせてもらいますね。」

店員「ランチセットお二人様で、2100円でございます。」
課長「100円貸して。」
宮崎「死ねよ。」

こうして彼らは午後の仕事に取り掛かるのであった。




 
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