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東京某所の一軒家に住んでいる市川家は、相変わらずの波瀾万丈生活を送っていた。
なんとこの春、3年間無職であった父親がとうとう就職したのだ。
「ガトリング」という妙な名をもつ中小企業だが、これで一家にも安定した生活が保障されることになった。

そもそも、彼が3年間就職活動に失敗し続けたのには根本的な原因があった。
それは入社面接の際のことである。

面接官「市川さん、お名前は?」
父親「父親です。」

そう、彼には名前がなかった。

「もしかして俺には名前がないから駄目なのか…まさか、そうなのか?」

ということに、彼は生まれて数十年たったこの冬初めて気づいた。
そんなわけで彼は区役所で戸籍変更を申請し、晴れて「市川アヴィ」という名前になった。
彼はアヴリル・ラヴィーンの大ファンだった。

アヴィは就職に成功したものの、3年間妻子を「自分は毎日会社に行っている」と騙し続けてきたので、
本当に仕事にありつけたことも言い出せなかった。

さて父親の話はこの辺にして、さっそく今日の市川家を見てみよう。
この日は小学3年生になった和雄の春の遠足の日だった。

和雄「お母さん、お弁当はどこ?」
ジュリー「今日は面倒くさいからやめたわ。」
和雄「肝心なときにこれほど使い物にならないなんてな。」
ジュリー「…もういっぺん言ってみろ。」
和雄「肝心なときにこれほど使い物にならないなんてな。」
ジュリー「次は私の番。肝心なときにこれほど使い物にならないなんてな。」
和雄「何やってんの。」

ジュリー「今日はお天気良さそうだけど、レインコートはちゃんと持った?」
和雄「うん大丈夫。折りたたみ傘も持ったよ。」
ジュリー「何本?」
和雄「いってきまーす。」

ジュリー「ふぅー…さて、お洗濯でも始めようかしら。」
アヴィ「待てジュリー、俺の朝ごはんは一体いつになったら出てくるんだ。」
アヴィは食卓に座ったまま、かれこれ2時間朝食が配膳されるのを待っていた。
ジュリー「あら、あなたまだいたの。」
アヴィ「いたの?とは失敬だな。俺の朝ごはんはどこにあるんだ。」
ジュリー「朝ごはんなら昨日食べたでしょ。」
アヴィ「俺の負けだ。」

こうして朝食を食べないまま出勤することになったアヴィであるが、
2時間も無駄なことに費やしてしまったのに加え、うっかり会社とは逆方向行きの電車に乗ってしまった。

運悪くもその電車は「超ウルトラライトニング特別急行」であったため、
終点の青森まで止まることなく運ばれてしまい、当然ながら会社には遅刻した。
アヴィが会社に着いたころにはもう日が暮れ始めていた。

課長「市川くん!きみは一体今何時だと思っているのかね!」
アヴィ「時計ならそこにありますよ。」
課長「私の負けだ。」

15秒後
課長「くそ、まんまと乗せられてしまったじゃないか!
   市川くん!きみは一体今何時だと思っているのかね!」
アヴィ「19時26分40秒です。」
課長「いや、ちょうど腕時計が壊れてしまっていたのでね。助かったよ。」
アヴィ「こいつ頭おかしい。」

課長「市川くん、どうだ。久しぶりに飲んでいかないか。」
アヴィ「私まだ会社に来て2分しか経ってませんよ。」
課長「ふふ、そんな些細なことを気にするやつは人間のゴミ、だろ?」
アヴィ「お前2分前に俺に何て言った。」
課長「朝ごはんなら昨日食べたでしょ。」
アヴィ「まさかの展開を信じきれない。」

その頃市川家では、遠足から帰宅した和雄とジュリーが2人で夕飯を食べていた。
ジュリー「で、お昼を食べたあとは何かしたの?」
和雄「うん、山の頂上の近くに展望台があってね、みんなでそこに行ってみたんだ。すごくきれいだったよー。」
ジュリー「誰か崖から落ちたりしなかった?」
和雄「そんな、いないよ。周りには柵があったし、先生も一緒だったもん。」
ジュリー「誰か崖から落ちた?」
和雄「いないって。」
ジュリー「誰が崖から落ちたの?」
和雄「だんだんと質問内容が肯定的になってるぞ。」
ジュリー「私崖から落ちたの。」
和雄「なにその悲劇の回想録。」

ピンポーン
和雄「あ、お父さん帰ってきたのかな。」
ジュリー「開けちゃだめよ。」
和雄「わかってる。」

ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポーン
和雄「しつこいな。」
ジュリー「もしかしたらお父さんじゃないのかもね。和雄、インターホン出てみて。」
和雄「任せな。」

ピッ
和雄「はい。」
アヴィ「早く開けろ。」
ピッ

アヴィ「タッチ タッチ ここにタッチ」
ピンポーン
アヴィ「あなたから〜」
ピンポンピンポーン
和雄「なんかインターホンの音に合わせて歌い始めたぞ。」
ジュリー「歌詞が妙にシチュエーションに合っててむかつくわね。」
和雄「久々に爆破スイッチでも作動させるか。」
ジュリー「そうね。」

アヴィ「ため息の花だけ束ねたブーケ〜」
ピンポーン ドッカーン
和雄「あ、お父さんお帰りなさい!」
ジュリー「今日は遅かったのね、お夕飯先に食べちゃったわよ。」
死にかけアヴィ「何か他に言うことあるだろ。」

ジュリー「今日のお夕飯はね、スパゲッティペロンチーなの。」
アヴィ「明らかに数文字足りないような気がするけどな。」
ジュリー「お風呂沸いたわよ。」
アヴィ「まだフォークすら手にとってないのですが。」
ジュリー「あなた、自分がスプーン以外を使っていいとでも思ってるの?」
アヴィ「っていうかスプーンという発想そのものがないんだが。」
ジュリー「早くお風呂のお湯を全部スプーンですくってきて。」
アヴィ「殺す気かよ。」

何故こんなことしなければならないのかは全く不明であったが、
アヴィは風呂場に行ってズボンの裾をまくり上げ、
しゃがみ込んで1杯ずつお湯をすくいはじめた。
チャプ…チャプ…
アヴィ「20000%作業途中で死んじゃう気がするんだけどな。」

そこへ、風呂に入ろうとして和雄がやってきた。
和雄「お父さん何やってるの?」
アヴィ「それがお父さんもよくわからないんだ。」

数分後、風呂に入ろうとしてジュリーがやってきた。
ジュリー「あなた何やってるの?」
アヴィ「お前はわかっとけよ。」

風呂に入り損ねた和雄は居間でゲームをやっていたところ、
帰宅早々もはや何がなんだかわからなくなっているアヴィが風呂場から戻ってきた。
アヴィ「和雄、もう夜遅いんだからゲームになりなさい。」
和雄「何を指示されてるのかわからないんだけど。」
アヴィ「つまり、お父さんにもそのゲームをやらしてくれということだ。」
和雄「えー、お父さん前やったとき上手くできなくてコントローラ壊しちゃったのに?」
アヴィ「コンロトーラごときの扱いを間違えるわけないだろう。」
和雄「扱う前から間違えてやがる。」

アヴィ「このガンダムは何ていうんだ?」
和雄「『機械=ガンダム』の短絡思考をやめろ。これはボンデントーBSっていうハードだよ。」
アヴィ「いったい何が…何が硬いんだ?」
和雄「このゲームはね、新しく出たポケモンのプラチナってやつなんだけど…。」
アヴィ「なるほどポケモンか。それなら聞いたことあるな。」
和雄「あ、ちょうどバトルになったよ。じゃぁお父さん、やってみて。」
アヴィ「待て、まだ着替えてない。」
和雄「何考えてんだよ。」

和雄「十字キーでカーソルを動かして、使う技を選んで。」
アヴィ「バーニングメテオアタックはあるか?お父さんそれしかできない。」
和雄「そんなダサい技ないしお前の能力も関係ない。」
アヴィ「なら、この『10万ボルト』とかいうのでいいか?」
和雄「うん、相手はちょうど水ポケモンだから、効果抜群だよ。」
アヴィ「いや待てよ…なんて電圧だ!相手の魚が焼け死んでしまう!」
和雄「ぼくもう寝るね。」

和雄は自分の部屋に戻って電気を消し、静かに床に就いた。
台所の方から、ジュリーが明日の弁当の用意をしている音が聞こえる。
真っ暗な部屋のドア付近に、妙なシルエットが見える。

和雄「…だれ?」
アヴィ「サンタクロースだが、BSのセーブの仕方がわからん。教えてくれ。」
和雄「今ここでサンタに扮する意図が理解できない。」
アヴィ「セーブデータの【続きから始める】がなくなったんだ。」
和雄「記録消したのかよ。」

バタン!
アヴィ「どうしたジュリー。そんなに息を切らして。」
ジュリー「明日のお弁当用の消しゴムが無いのよ。」
和雄「ちょっと待て、何を作ってたのか言え。」
ジュリー「あなた、今すぐ消しゴム買ってきて。」
アヴィ「そんな…消しゴムくらい、家の中を探せばどこかにあるだろう。」
ジュリー「消しゴムよ、消しゴム。消しゴムのあなたが責任持つに決まってるじゃない。」
アヴィ「その前にまず『消しゴムのあなた』について説明してくれ。」
ジュリー「じゃぁ任せたわよ消しゴム。」
アヴィ「今確実に俺のアイデンティティが崩壊したな。」

家庭を仕切る妻には逆らえないため、アヴィは仕方なく近所のコンビニへ出かけ、
さしあたり売っていたNOMO消しゴムを全部買い占めてきた。

アヴィ「ただいまー。」
和雄「! お母さん!変な人がいるよ!」
ジュリー「どなた!?か、和雄、警察警察!」
アヴィ「なるほど、俺の存在が消しゴムで消去されたというんだな。」
ジュリー「そうよ。」
アヴィ「『そうよ』とか言うなよ。」

相変わらず、今日もまた市川家は大波乱の一日を過ごしたのであった。




 
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